日本ヘビー級の今

後日談

佐藤の夢はしかし、叶うことはなかった。

ほどなくして経営していた日本ビデオ販売が業績不振で解散。

ヘビー級育成ボクサーたちへの給料も払えなくなり、選手たちはそれぞれの道を歩んでいくことになった。

夢は夢のまま、消えてしまったのだ。

相模原ヨネクラジムの二人の重量級ボクサーがラスべガスでデビューしてから19年経った2014年現在、ヘビー級で世界タイトルマッチに挑戦した日本人はいない。

しかし、2010年以降に重量級選手の輩出が続き、ついに日本プロボクシング協会では日本ヘビー級ランキングを55年ぶりに復活させている。

そして2013年には藤本京太郎と竹原虎辰(こたつ)との間で日本ヘビー級タイトルマッチが行われた。

日本人の世界ヘビー級チャンピオン。

夢はすべて消え去ったわけではなく、今も日本ボクシング業界のなかに、小さいけれど確かな灯として受け継がれているのだ。


2014年1月

岩澤 剛

MOVIE


エピローグ

エピローグ

十月一目。午後三時過ぎ。日本ビデオ販売の会長室の内線電話が鳴った。

佐藤は受話器を上げた。

「ラスベガスから国際電話が入っています」「回してくれ」

電話の主は春日井だった。

「どうだった」

「さっき終わりまして、勝ちました」

「エーッ?」

佐藤は驚きの声をあげた。

「どっちが?」

「二人ともです」

「エーッ?ホントか」

「二人ともKOでした」

「ウソだろ?」信じられなかった。

電話が遠くて春日井の言葉を聞き間違えているのかと思った。

「本当ですよ」

「ホントかよ、ウソだろ」

「会長、本当に二人ともKOで勝ったんです」

「ホントかよ・・・ホントに勝ったの?」

「勝ちましたよ」

春日井が、受話器の向こうで笑いながら同じ事を繰り返した。

「ウソだろ、ホントに勝ったのか・・・」

佐藤は実際、二人ともデビュー戦を飾れるとは思ってもいなかった。

金の力にモノを言わせて、弱い相手とマッチメイクしたわけじゃなかった。

アメリカじゃ、そういう話しがないわけじゃない、ということも聞いていたが、そんなことをしたらこの先、本物に育っていかない。

強いヤツとやって勝つてはじめて自信がつく。

しかし多分デビュー戦は難しいだろう。本場の選手とやって負けたとしてもいい。

そこからコンチクショーと、もっと強くなりたいと思って頑張ればいい。

デビュー戦は勉強だ。

そう思っていたのだ。だから二人とも勝ったと聞いてもどうもすぐには信じられなかった。

「そうか、勝ったか」

翌日からボクシング関係者や記者から佐藤のもとに何本も電話が入った。

そのほとんどが「浅利と酒井のデビュー戦の勝利に対してコメントを」という内容のものだった。

佐藤はある記者からの取材依頼を受け、会うことになった。

「このたびは、おめでとうございます」

「どうもありがとう。でもね、よく勝ったと思ってるんだ。僕は正直なところ勝てると思っていなかったから」

「現地での評価もなかなかのものらしいですね」

「そうらしいね。詳しくは分からないけど。これでアメリカで試合が組みやすくなるといいんだけどね」

「今回は二人でしたが、そのほかにも重量級の選手がいますよね。彼らのデビューもまたアメリカなんですか」

「うーん、福田は今回はダメだった。帰ってきて話しをしてみるけど、本人にヤル気がないのなら、辞めさせてもいいと思っているんだ。今回のリタイアもどうも心の問題らしい。ハートのね。どうしてもボクシングで食べていこうという気持ちがあれば続けさせますけどね」

「ジムの方で練習している選手もいますよね」

「二回目のオーディションで採用した仲松はしばらく練習してたんだけど、7月の末だったかな、膝を故障していることが分かったんだ。それで沖縄に帰ってしまった」

「そんなにひどい故障だったんですか」

「うん、膝の骨の一部が割れていたらしい。精密検査で手術をしてもプロのスポーツ選手としての練習には耐えられないという診断だったから」

「そうだったんですか」

「難しいよね、実際。誰も彼もが順調に育ってくれればいいけど。それでも休養してた市川は身体の状態も良くなってまた練習をはじめられるようになったし、二回目のオーディションの滝川はプロテストに受かった。これがなかなかイイ。掘り出し物かも知れない。

アメリカか、もしくは日本のほかのジムでも重量級を育てているジムがあるから、そこの選手とやらせてもいい」

「それじゃ次は、市川クンと滝川クンですか」

「そう、予定では、そうです」

「そのなかから世界を狙える選手が育つと素晴らしいですね」

「今回、デビューしてね、日本人でも重量級のクラスでやっていける手応えはつかんだ。

最初はクルーザーかライトヘビーでも将来的にヘビー級に転向させようと思っている。これから試合を重ねて、勝てばどんどん強い相手と戦うことになる。どこで壁にぶつかるか分からないけど、壁を突き破っていく選手がきっといるはずだ。だからこれからも重量級で、イイ素材がいたらどんどん採用していこうと思ってますよ」

「いつごろ、世界戦ができるでしょうかね」

「そりゃ分からない。三年後にできるかも知れないし、十年かかるかも知れない。たとえ十年、二十年かかってもヘビー級のタイトルを手にすることができればそれは本当に凄いことだ。アメリカ人のものだと思われているベルトをもってくれば、こんな痛快なことはない。まだ夢だけどね。夢だけど、日本にヘビー級の芽が育っていることだけは確かなことなんだ」




著 者  岩澤  剛




14.デビュー戦Ⅱ

浅利は酒井が勝って、よーし俺もやってやる、と闘志が湧いてきた。プレッシャーはなかった。

しかし第七試合まであと五試合もあった。観客席に現在、クリーブランドに留学している法政大学時代のボート部の友人が応援に来てくれていたので、一緒に試合を観戦した。友人が言った。

「お前、試合前なのにこんなところにいて大丈夫なのかよ」

「なんかあんまり緊張してないんだよね。少しは緊張しないといけないのかも知れないけど」

第一試合だったらもっと緊張していたかも知れないな、と浅利は思っていた。最後に回ったおかげで会場の雰囲気に慣れる時間もできて、リラックスできた。

浅利の友人は、大学時代から浅利が格闘技の道で食べていきたいと望んでいたことを知っていた。

浅利は部内でもずば抜けた体力をもっていた。

プロレスをやりたいと聞いていたのでボクシングを始めると聞かされたときは驚いたが、その浅利がもうすぐラスベガスのリングに上がろうとしていることが何とも嬉しかった。

浅利は日本で練習していたとき、ジムに藤原組のプロレスラーが練習にきたことがあって、そのうちの一人をスパーリングでKOしたことを嬉しそうに話した。

「卒業してから、プロレス団体に入門しようと思って門前払いを食らったことがあっただろ。だからあの時は雪辱してやったって気持ちだったよ」

「まだプロレスに未練があるのか、浅利」

「ないとは言わないけど、今はボクシングだな。これで有名になって、プロレスはそれからでも遅くないよ」

「ここまでやったんだから、お前ならやれるかも知れないな、頑張れよ、いつでも応援に駆けつけるからよ」

そんな会話をしながら観戦していたが、リング上では第四試合があざやかなKO勝ちで終わり、第五試合も一ラウンドでケリがついた。

そろそろ準備した方がいいかな、浅利はそう思った。

「じゃ、行くから。後で、試合が終わったらまた」

「おう、KOを期待しているぞ」

八時十分、浅利は控え室に戻ってバンデージを巻いた。

試合間近になっても心臓がドクドク高鳴ってくることはなかった。

バンテージを巻いてもらった後、ゆっくりと柔軟体操をはじめた。

浅利はオーディションに合格したばかりの頃は身体が硬くて前屈するのも苦しかったのだが、一年の間に見事に柔軟性を身につけていた。

身体の柔らかきはボクシングのオフェンスはもとよりディフェンスの動きに欠かせない大切な要素である。

第六試合の十回戦が判定にもつれこんでいる問、メインイベンターであるキューバ出身の怪人ゴンザレスが控え室前に姿をあらわし、フンフンッという鼻息とともに軽いミット打ちをはじめた。

ゴンザレスは二メートルもある大男、二日前の調印式の時、浅利はゴンザレスとツーショットの記念撮影をしていた。

「なんか調印式の時よりでかく見えるな」

みんなでヒソヒソ言い合っていた。

そのゴンザレスが九時半過ぎにリングへ向かった。

ゴンザレスが早い回にカタをつけることが予想されたので、浅利もシャドウ、そして軽いミット打ちをはじめて、身体のエンジンをかけはじめた。

ミットを受けながら春日井が、

「相手の右のボディに気をつけろ」

と浅利に小さな声でささやいた。

対戦相手のフィリップ・ロチャ・パラのシャドウやミット打ちを見ていて、春日井はパラの得意のパンチは右のボディ打ちだろうということを感じていたのだった。

そしてさらにこう付け加えた。

「お前のマウスピースは洗わないぞ」

一ラウンドでKO、を意味するその言葉に浅利は黙ってうなずいた。

「お前、勝ったら、リングでバク宙をするって言ってただろう。昨日、俺はお前がバク宙してる夢を見たんだよ。ホントだぞ。だからお前きっと勝てるよ。でも、そのバク宙に失敗して手をついちゃうんだけどな」

「そうですか、正夢になるようにしますよ」

メインイベンターのゴンザレスは思った通り、三回KO勝利を収めた。

いよいよ憧れのリングに上がれるぞ、浅利は嬉しかった。

四角いリングに上がることは、プロレスラーになりたいと思ったときからの夢だった。

緊張というよりその嬉しさで興奮してきた。

酒井と同じ赤コーナーの花道からリングへ向かった。

客席の友人から「アサリーッ、倒せよ!」と大きな声がかかった。

リングの上は気持ちが良かった。

身体を軽く動かして、首をコキコキと横に振った。

春日井はそんな浅利を見て、デビュー戦とは思えないほど落ち着いているな、と思った。

コールを受けて客席に手を挙げる仕草も堂に入っていた。客もまだほとんど残っており浅利が心配していたようにガラガラになってはいなかった。

リング中央でレフェリーの注意を受ける。

パラを睨み付けた。浅利の顔は普段とはまったく違う顔つきになっていた。

目つきが鋭くなり、グッと締まった顔になった。

鐘が鳴った。

二人、中央で向かい合った。

対戦者のパラは五戦のキャリアもあってか、はじめから突っかかってくるようなことはしなかった。

軽く左のジャプが飛んできた。右ストレートを出した。

そして左。相手も落ち着いているな、浅利はそういう印象をもった。

ワンツーがきた。ブロッキングとダッキングでかわした。

ガードはしっかり上がっていた。

左のボディを狙ったが、よけられてからワンツーがきた。

さらにワンツーの後の右ストレートを入れられた。

左の相打ち。パラの左フックをウィービングで見送った。睨み合う。

静かな立ち上がりだった。

これは四回までいくかも知れないぞ、一瞬そういう思いがよぎった。

左の相打ち。右がブロックされ右アッパーがきた。

もみあいの後、左。

様子を見ているんだなコイツは。

パラにはスキがなかった。左のストレートが浅く入った。

続けて右のボディから左フック。うまく逃げられた。

パラの右ストレートをかわしてワンツー。

読まれていたのか、届かなかった。

一分が過ぎた。「浅利っ、下から上だ」。

春日井がそう声をかけた。浅利はセコンドからの声がはっきりと聞こえていた。


体勢を低くして放った左ストレートがこの試合はじめてヒットした。

さらにワンツーをたたみこむ。パラが身体を寄せてきた。

もみあって中央へ戻る。ジャブをもらった。ワンツーから左フックを返す。

だめだ、まだ届かない。追ってワンツーから左フック。

パラが回り込んでいくところをさらに追って左ストレートのダブル。

二発目がアゴをとらえた。すぐに左のフックが飛んできた。かわした。

大丈夫、パンチは見えている。

パラが続けて放ったフックが大きく流れるところへショートのフックを返した。

そこへ右のアッパーが飛んできた。

かわせなかった。熱さをともなった衝撃が頭へ届いた。

この野郎、浅利の顔つきがまた険しくなった。

睨み付けて左ストレートがパラの右アッパーと相打ち。この野郎、またそう思った。

二分過ぎ、セコンドから幡野が「ボディ、ボディ空いてるゾ」と声をかけた直後に低く沈んで放った左ボディに確かな手応えがあった。

よし。ワンツーから左フックをたたみかけた。

パラが下がった。追ったところでクリンチされた。チッ、うまく逃げられた。

中央へ戻った。

パラの顔がさっきより情けない顔になっていた。

効いてきているのか? いや、コイツの作戦かも知れないぞ。

また低く入っていこうとしたところへ右ストレートがきた。かわした。

左ストレートをスリッピングでよけられた。パラのストレートもスリッピングでかわす。

右のアッパーを放った後で睨み合った。

パラが左フックを出してきた。ラクラクとウィービングできる。

スピードにもスタイルにも慣れてきた。

パラのジャブ、かわして左ストレート。

左手にズシッと手応えがあった。よし。追った。右から左。パラが下がった。

ロープに詰めた。

ここだ。決めてやる。そう思った。浅利はすごい形相になった。

パラが頭を下げ、振りながら回り込もうとした。

そうはさせるか。左から右。ロープをしならせてパラが寄り掛かる。

さらに左。素晴らしい感触があった。

パラが客席に向いた顔を戻そうとした時に、ちょうどこの左アッパーがカウンターで入ったのだ。

パンチがめり込んだ。決定打だった。

よろけるところへ右、さらに左から右が空をきった。

パラがリングへ尻を落としていた。

セコンド陣が立ち上がった。カウントがはじまった。

ニュートラルコーナーから浅利は、どうだ、と言わんばかりにパラを見おろしていた。

得意気なときにいつもそうするように、両手をプラプラ振りながら、心のなかで一緒にカウントを数えていた。

「・・・エイト、ナイン、テンッ!」

勝った。

浅利はその場で大きく飛び上がった。リングのロープに登って客席に向かって拳を突き上げた。


大きな歓声と口笛が鳴った。勝ったらやろうと思っていたバク宙を披露した。

それが、格好良く決まらず、春日井が見た夢の通り、手を着いてしまったのはご愛敬だった。

陽気な東洋人に客席からまたドッという歓声が沸いた。

コーナーに戻った。春日井が、幡野が、ケニーが、ガッツポーズで迎えてくれた。

「ありがとうございました」

浅利は大きな声で言った。最終試合だったため、リングの上でみんなで記念撮影をした。


リングサイドには酒井も福田、大学時代の友人や、ジムの仲間が集まってきた。握手攻めにあった。

「やったな」

「予定通りだよ」

花道を引き上げるとき、地元の少年たちからサインをせがまれた。

サインなんて生まれて初めてだった。

「将来、このサインに価値が出るようにしたいですね」と浅利はしきりと照れながらペンを走らせた。

「よかったですよ。もう、途中でこりゃヤバイと思ってリング近くに走っていっちゃいましたよ」と酒井が言った。

「何言ってんだよ、危ないところなんてなかったじゃないか。酒井の方がよっぽど危なかったじゃないか」

浅利が笑いながらそう答えた。

「大体、教えたことはできてたな。でもこれからまだまだやることはあるぞ。日本に帰ったら次の段階へステップだ。また、タップリしごくからな」

「まったく危なげなかった、完壁だったゾ」

春日井と幡野がそれぞれ声をかけた。

「いやー、これで胸張って日本に帰れるな」浅利が冗談めかしてそう言った。

・酒井公高 クルーザー級二ラウンド  一分十三秒TKO勝ち。
・浅利和宏 ライトヘビー級一ラウンド  二分四三秒KO勝ち。

二人のデビュー戦によって、シナリオのないドラマが幕を開けた。

日本人の重量級選手が世界のどこまで昇っていくか。

このドラマはどのように展開していくのか。

それはこれからのお楽しみだ。

14.デビュー戦Ⅰ


九月三十日、ラスベガスの空は真っ青に晴れ上がった。

ロードワークがないため二人は九時に起床した。

二人とも昨晩はぐっすりと眠れた。浅利は腹が減って目を覚ました。

スパゲディをつくり朝食をとった後、近所を散歩して、アパートに帰って休んだ。

会場入りは夕方の予定だ。

何がなんでもKOで勝ってやる、浅利はそう思っていた。

浅利は気持ちが変に高ぶることもなく、平常心でいられる自分を確認して、ワールドジムのスパーリング相手に比べれば、今日の相手はたいしたことないはずだ。

いつも通りやれば絶対に勝てる、ベッドに寝ころび天井を見つめながらそう思い続けた。

酒井は、ここ数週間の間、何度も試合の夢を見ていた。

自分が勝った試合はひとつもなかった。

弱い相手が夢に登場するとパンチを出しても出しても相手は倒れなかった。

そして強い相手が登場すると決まって倒されている、そんな夢だった。

あんなふうにならなければいいけどな・・・。

周りがみんな勝てる勝てる、と励ましてくれるが、それでもし負けてしまったらマズイな、そんなことをあれこれ考えていると眠れなくなった。

気晴らしにテレビを点けた。

英語で意味の分からないことが、かえって良かった。

ボーッとながめながら何も考えないよう、過ごした。

五時になった。

「そろそろ行こうか」

五時半に会場に入った。

アラジンホテル内の劇場では、照明や音響の調整が行われていた。

普段コンサートやショーで使われている劇場がボクシング会場につくり変えられているわけだ。

リングはステージ上に設置され、二百人ほどが座れるリングサイド席があり、客席はリングを支点に扇形に広がっている。

「おお、なんか雰囲気があるね、あそこでこれから試合するのか」

「昨日見た感じとは大分違うな、これだけ観客が入ったらすごいだろうな」

「前座は全然入らなかったりしてね、その方がアガらなくていいか」

「いやたくさんいた方が俺は燃えるね」

そんなことを話しながら控え室に向かった。

選手の控え室はリングの裏手にあった。ボクシング専用の会場ではないので、暗幕で区切られた三畳ほどの部屋が六つ用意されていた。

浅利と酒井は同じ部屋だった。

セコンドは春日井とワールドジムからトレーナーのケニー、そして今日のために日本から駆けつけた幡野の三人が付くことになっていた。

ワールドジムからはほかのトレーナーや選手たちも応援に駆けつけていた。

六時過ぎ、試合のプログラムが配られた。

第一試合 KIMITAKA SAKAI VS   TERRY   LOPEZ
 (4ROUNDS CRUISER WEIGHTS )

第二試合 JOHN BRYANT VS KELCIE BRANKS
 (6ROUNDS JUNIOR WELTER WEIGHTS )

第三試合 RICK ROUFUS VS DINO SAUCEDO
 (6ROUNDS CRUISER WEIGHTS )

第四試合 ROSS THOMPSON VS FRANCISCO MENDEZ
 (8ROUNDS WELTER WEIGHTS )

第五試合 BRAIN LASPADA VS JIMMY BILLS
 (CO-MAIN EVENT 10ROUNDS HEAVY WEIGHTS )

第六試合 JORGE LUIS GONZALES VS JASON WALLER
 (MAIN EVENT 10ROUNDS HEAVY WEIGHTS )

第七試合 KAZUHIRO ASARI VS FELIPE ROCHA PARRA
 (4ROUNDS LIGHT HEAVY WEIGHTS )


「なんだ、話が違うじゃないか」

浅利が大きな声をあげた。

昨日、計量の時には、浅利が第一試合、酒井が第二試合と聞かされていた。

しかし、当日のプログラムでは酒井が第一試合、浅利はメインイベントの後、第七試合に組まれていたのだ。

浅利は第一試合に登場して華々しく勝つ自分をイメージしていたので、少しガッカリした。

第七試合なんて、前の試合が終わったらみんな帰ってしまうんじゃないか、客のいないところで試合をするのは物足りないな、そんなふうに思ったのだ。

酒井は前々から一番にやりたいと考えていたので、これは嬉しい変更だった。

長いこと控え室で待っていると余計なことをあれこれ考えすぎて逆効果になってしまう、浅利さんには悪いけど自分が七試合目にならなくて良かったと、ホッとしていた。

控え室に入ってから、時間はゆっくりと過ぎた。

春日井も幡野も時計に目をやり、さして時間が過ぎていないのが分かるとタバコの火を点ける。

そんなことが何度か繰り返された。

もうここまできて、選手にあれやこれや言うことはない。気持ちを高めて、集中して、リングへ向かうだけだ。

ようやく六時半になった。酒井はバンテージを着けた。

ケニーが強さを確認しながら、ひと巻き、ひと巻き、丁寧にゆっくり巻いた。

浅利が酒井に、

「会場前に行列ができてるよ、こりゃけっこう入るよ酒井、良かったな」ニコニコしながらそう言った。

「そう」

酒井は表情を変えずに返事をした。

浅利と違って客がどれだけ入ろうと関係なかったし、そんなことを考えている精神的な余裕はなかった。

七時、開場によって客席が埋まり始めた。控え室の方にもざわめきが聞こえてきた。

そろそろか、会場入りしたときよりも胸がグッときつくなってきた。

もう、早く始まって欲しい、酒井はそう思った。

このままだと緊張しすぎてダメになってしまうかも知れん。

唾を飲み込んだ。 心臓がいつもよりバクバクしている。

あと三十分だ。ジムのスパーリングの相手をしてくれた選手がやってきて親指を一本だして「大丈夫、頑強れよ」といった仕草をした。

酒井は強ばった顔でウンウンと二度うなずいた。

七時十分、トランクスをはいた。オレンジ色の鮮やかなトランクス。左のすそに佐藤の運営する「ビデオ販売会社」の文字が入っていた。

しかし会場に佐藤の姿はなかった。

佐藤はデビュー戦は必ず見に行くつもりでいたが、どうしてもはずせない商談と重なってしまった。

試合の正式決定が十日前であったことも、スケジュール調整がつかなくなった原因だった。

一泊だけでもいいと飛行機の便を調べだが、日本からラスベガスへの直行便はなく、やむなくデビュー戦に立ち会うことをあきらめたのだ。

昨日の夜、佐藤は電話で二人に「いつも通りやること」そして日本を発つ前にも言った「結果はともかくベストを尽くすように」という言葉を送った。

七時二十分、酒井はシャドウをはじめた。

身体を動かすとだいぶ緊張がほぐれてきた。

十分ほど、酒井は自分のパンチの軌道を確かめるようにシャドウを続けた。

リング上でアメリカ国歌が唱われていた。

「さあ、いこうか」ケニーがみんなをうながした。酒井の肩に白いタオルがかけられた。

赤コーナーの花道を春日井、酒井、幡野、ケニーの順で進んでいった。

リングまでおよそ三十メートル。

東洋人の重量級の選手を観客が物珍しげに見ていた。

コーナーについた。

春日井が持ち上げたロープの間を、酒井は身体をくぐらせてリングへ入った。

口笛と歓声。照明がまぶしかった。

集中しろ、酒井は自分にそう言い聞かせた。

リングアナウンサーが二人の選手の紹介を始めた。

対戦相手のロペスは顔にペイントし、サングラスをかけ奇声を発してコールを受けた。

ふざけたヤツだ、酒井はそう思った。

春日井と幡野が何か言っていたが、ほとんど耳に入らなかった。

レフェリーの注意が終わってコーナーに戻ったとき、クリスチャンらしく自然と胸の前で小さく十字をきった。

試合開始の鐘が鳴った。

様子を見よう。まずジャブからだ、そう思った。

中央へ出て、軽く左を出した。ところがロペスは酒井の様子を見るそぶりもなく、ズンズンと前へ出てきた。

目をカッと見開き闘争心満々といった顔が追ってきた。

おっ、と思う間もなく左フックからボディがきた。かわした。身体をつけた。

その離れ際にまた左フック、そして右ストレートに続いて左がきた。

ガン、ガン、というショックを頭に感じた。

なんだコイツ、はなから勝負にきてるじゃねえか。

酒井は慌てた。クリンチしようとしところへまたロペスの右フック。

左はかわした。ワンツーを出した。動きが読まれていた。

難なくウィービングでよけられ、右から左、そしてまた右ストレートがきた。

最後の一発が顔面にグワンという衝撃をもってきた。

クリンチだ。そう思った。身体を寄せようとした。

ストレートがまたきた。左フックを目の端にとらえた。

あっと思ったときは頬骨の下当たりに熱い衝撃があり、顔が大きく横へもっていかれた。

まずい。春日井はそう思った。

酒井の右のガードは全然なっていない、慌てて何もかも忘れてしまっているようだった。

「酒井、ボクシング、ボクシング、動いてボクシングをしろ」。

大きな声をあげていた。

酒井の動きは普段とは別人で、すっかり硬くなってしまっていた。

この十数秒の間に春日井の頭によぎったのは、酒井が緊張のあまりまったく力を出せずに終わってしまうという最悪のケースだった。

花道で観戦していた福田もたまらず「酒井、左から、左からっ」と声を飛ばした。

ここが勝負とばかりロペスが目を吊り上げて追ってきた。

左を出した。が、かわされた。

パチッという音ともに左の脇腹が熱くなった。

クソッ。ジャブがまた空をきった。そこへ左のストレートが飛んできた。

頭がガクンと後ろへもっていかれた。クリンチだ。そう思って身体を寄せた。

ショートが数発飛んできて、ロペスが懐に入ろうとしてきた。

イカン、この距離は相手の思うツボだ。

背の低いロペスは接近戦の方がやりやすいはずだった。

離れた。ロペスの右肩が動いた。左のガードを上げた。ロペスのパンチはボディへきた。

バチッという音がまた会場に響いた。

ペースはロペスにあった。「酒井っ、あわてるな」。

春日井はロペスにはスタミナがないと読んでいた。

だから三ラウンド以降ならラクに倒すことができると思っていた。

しかし、酒井の状態が悪過ぎた。

とにかくこのラウンドさえ持ちこたえろ。そうすれば巻き返せる。

何とかしのげよ、しのいでくれよ。

春日井は険しい表情でリング上へ声を出していた。

リング中央に移った。いきなりまた右ボディがきた。

そう何度も食うか、そう思って下がる。

左から右、さらに右。ロペスの勢いは衰えていなかった。

自コーナーまで下がった。「向こうはスタミナないからな、あわてんな、あわてんな」。

そんな声が聞こえてきた。ロペスが頭を下げ、振って、しつように入り込もうとしてくる。

この野郎、ジャブを出した。

離れずにもみあって中央へ戻った。

左の相打ち。続けてジャブ、ジャブ、そして右ストレートを出した。

打ち合いになったが、今度はまともにもらったパンチはなかった。

少し身体が動くようになった。よし、効いてない。

さっきのパンチのダメージはなかった。足にもきていない。コイツ、パンチがないな。

落ち着け。大丈夫だ、まだまだやれる。ここをしのぎさえすれば、と酒井も春日井と同じ事を考えた。

ロペスが低い体勢から打ってきた。ボディから左。かわした。左ストレート、左フック。

ブロッキングされた。ロペスの大振りのアッパーをかわした。

頭を下げて踏み込んできた。右に気を取られたところへ左フックがガンッと入った。

大きな歓声が耳に入ってきた。

クッソー。スパーリングとは比べものにならない衝撃だった。

マウスピースを噛む口に力を入れてロペスを睨んだ。

幸いなことはロペスにパンチ力がなかったことだった。

意識はしっかりあった。右ショートフックをお返しした。入った。さらに左を続けた。

ロペスがいやがって身体を寄せてきた。もみあい。

プシュー、とマウスピースの合間からロペスの息づかいが何度か聞こえてきた。

離れた。右ストレート。相打ちだった。左フックをかわすと身体が大きく流れた。

ジャブからストレート。

ロぺスがまたクリンチしてきた。疲れているのか。

細かいパンチの応酬から左の相打ち。ロペスの頭が後ろへのけぞるところが見えた。

右フックを続けた。きれいに入った。手応えもあった。

よし、と思ったと同時にスレートをまともに食った。

チクショー、こっちのパンチも効いているはずだ、そう思って攻勢に出た。

あと三十秒だ。春日井は時計を見た。

「ムリすんなっ」。

このラウンドで勝負をかけなくてもいい。それは相手の望むところだ。

勝負どころはまだ後だ。

このラウンドさえ終えればどう料理することもできるんだ。早く終われ、そう思った。

一ラウンド終了の鐘が鳴った。

「勝てるぞ」

春日井は赤コーナーの椅子に座った酒井にはじめにそう声をかけた。

「これからお前のボクシングをあわてないでやれば勝てる」

うんうん、と酒井はうなずいていた。

リング上で一八十センチはある金髪のラウンドガールがリングボードを掲げながら一周していた。

セコンドアウト。二ラウンド目の鐘が鳴る。

中央へ出た。左を出す。ロペスが時計回りに動き出した。

追った。

頭を下げてグッと沈んで左のストレートを突き上げるように出してきた。

かわした。もう大体パンチは読める、あわてるな、自分のペースでやるんだ。

右から左フックを出す。ロペスが左を返し、またボディを狙ってきた。左、相打ち。

すぐさまロペスの左フックが飛んできた。ブロック。

左フックを返した。入った。イイ手応えがあった。

続けてワンツースリーまで出した。

そしてフックを続けた。ロペスの足の運びがぎこちなくなっていた。やっぱり左フックが効いていた。

スピードのないワンツーがきた。

軽くパーリングした後で、狙った通りの右ストレートが入った。

もういちどストレートを打ち込んだ。ここだ。そう思った。

身体を寄せてきた。息が上がっている。もう俺のもんだ。

離れろっ、と突き放した。ここで倒す。そう思った。

前へ出た。ワンツーから右クロス。もみあい。左フック。手を出した。

次々手を出した。しかしクリーンヒットがない。ロペスも必死で守る。

チクショー、全然当たらんな。焦った。息が苦しくなってきた。口が開いた。

ここで攻撃の手をゆるめたらダメだ。そう思った。

リングサイドの観客が立ち上がっていた。倒せっと叫んでいる。

東洋からきた珍しい重量級の選手を応援している観客は多かった。

右ストレートが、屈んでいたロペスの頭に当たった。身体が揺れた。

左フックから右ストレート。入った。ロペスが頭を下げた。

少し離れ、自分の距離から放ったワンツーがロペスのガードの合間をぬって入った。

顔を横に向けたロペスの口から血が飛んでいったのが見えた。

右フックからボディ。倒れろっ。揮身の力を入れた。ロペスが両足を揃えて身体をあずけてきた。

離した。ストレートを打ち下ろした。目の前をロペスの右フックが流れていった。

もう一発、右ストレート。もう一発、そう思った時、

「ストーップ !」

レフェリーが大きく両手を広げて二人の間に入った。

「よしっ」

セコンド陣が立ち上がった。

勝った。

やった。ロペスは「なんだ、まだオレはやれるぞ」といった不満げな素振りをみせていたが、それはあくまでも強がりのポーズで、誰の目から見ても妥当なレフェリーストップだった。

「勝者、サカイーッ」コールを受けて酒井はやや照れくさそうに手を挙げて歓声に応えた。

コーナーでは春日井をはじめ三人のセコンドが満面の笑顔で迎えた。

幡野がパンパンと酒井の背中を叩いて祝福した。

花道を引き上げる。浅利が福田が、走り寄ってきて手を差し出した。

ガツチリと握手。

「やったな」

「へへ」

酒井はまた照れくさそうに笑った。

「おめでとう」

控え室にはワールドジムのトレーナーや選手たちが次々と祝福にきた。

ケニーが言った。

「一ラウンド目はナーバスになって自分のボクシングができなかったけれど、二ラウンド目によく立ち直ったな」

「ブルファイトでしたね。あんな試合してちゃダメですね」と酒井が笑顔で春日井に向か

って言った。

「左のガードが下がってたから、あれだけ食ったんだ。勝負どきもちょっと早かったけど、まあでもデビュー戦ってことを考えれば上出来だよ」

「酒井、大丈夫か、疲れたか」

と浅利が声をかけた。

「疲れはしないけどパンチがなくて助かった。だからそんなに慌ててはいなかったんだ。

あれでパンチがあったら危なかったね。ガードよりとにかく当てなくちゃって、そればっか

り考えたから。ベタ足だったし」

と言ってまた笑った。

「疲れてない?ウソつけお前、さっきまで息がゼェゼェだったじゃないか。十分疲れてるよコイツは」

と春日井が笑って言った。

「いや、今はそんなに疲れを感じないんですけどね」

「三ラウンドか四ラウンドならもっとラクに倒せたぞ。インターバルの時の話しを聞いてなかったのか」

「ラウンドガールを見ていたんですよ。四回戦でもラウンドガールが出るのかと思って」

「そうかあ?お前、正面向いてうんうんうなずいていただけじゃないか。まあ、いいや、とにかくよくやったよ。あれだけ打たれたんだから、明日は頭や首やら身体中が痛くなるぞ
、後はストレッチを十分やっとけよ」

「はい、分かりました。でも、これでラクな気持ちで浅利さんの試合が見れる」酒井はそう言って控え室で着替えをはじめた。

13.ラスベガスへ

デビュー戦はラスベガスで行うことになった。

八月十八日に現地へ向かうことが福田、浅利、酒井の三人に伝えられた。

佐藤と春日井はニューヨークのプロモーターともコンタクトをとっており、できれば一度

練習をしたニューヨークでデビュー戦を組んだ方がやりやすい、という気持ちはあった。

しかし、ニューヨークよりラスベガスの方がボクシングの興行は活発であり、マッチメイ

クするうえでも対戦相手を探しやすいのではないか、という判断をしたのだ。

福田がヘビー級、酒井がクルーザー級、浅利がライトヘビー級で対戦相手を探して欲しいと、最近のスパーリングの様子を収録したピデオと共に、マッチメーカーへ送った。

マッチメイクを依頼したのは、ロスアンゼルスに在住している日本人の女性だった。

アメリカでスポーツ写真を中心に活躍していて、以前から各地のボクシングジムで選手の写真を撮り続けており、ボクシング業界に強いコネクションをもっていた。

そしてマッチメイカーあるいはマネージャーとしての顔も持つようになった。

日本のボクシング関係者の聞でも彼女のことは広く知られている。

佐藤はマッチメイクにあたってひとつだけ注文を出した。

「うちとしては何でもいいから勝てる相手を探して欲しいわけじゃないんですよ。まるっ

きり実力の違う相手じゃ困るけど、同じデビュー戦レベルの相手なら、組んでください。

弱い相手を選んでやらせた後で、なんだあんな相手とやったのかとは、選手も私も言われ

たくないですから」

いよいよだな、三人はそう思ったが、対戦相手がまだ決まっていなかった。

日本で試合を組む場合、たいてい二ヶ月ほど前から対戦カードが決まるものだが、アメリカはどうも違うらしい、ということが分かった。

メインイベントは前々から決まっているが、前座となる試合が正式決定するのは十日前だったり、一週間前だったりと直前になるケースも少なくない、ということだった。

九月下旬には試合を行えそうだ、という連絡がマッチメーカーからジムに入った。

そこで、はじめていく土地だし、試合日程が流動的なので早めの現地入りし、調整しながら対戦相手の決定を待つ、というかたちをとることになった。

渡米前日の十七日の午後、選手たちは佐藤に挨拶に行った。

「勝敗にこだわらず一生懸命戦えばいい。必ず勝てる相手じゃないんだから、なっ。向こ

うはたいていアマチュア経験のあるヤツばっかりなんだからな、格から言えば向こうが上

なんだ。気楽にやれ」

佐藤はそう言って酒井の背中をパンッと叩いた。

「はい、頑張ります」

そりゃ、勝って欲しいけど、キャリア的に言えば負けても仕方ない、と佐藤は思っていた。

それでもいいとも思っていた。

負けてもコンチクショ!と這いあがってくるくらいの気持ちがないと、これから先、育っていかないだろう。

本場の選手がどんなものか、向こうで試合をすることがどんなものなのか知るだけでもいいだろう、そのくらいの気持ちでいたのだった。

その夜は、またジムの近くの焼き肉屋で壮行会も開かれた。

練習を終えたジムのトレーナーや選手たちも集まった。

スパーリングのために相模原ヨネクラジムにきていた新開ジムの会長も座に加わって、いよいよ賑やかな壮行会になった。

「ほー、ついにやるんか。で、どんな相手や」と新開会長が聞いた。

「いや、それがまだ決まってないんですよと酒井が答えた。

「決まってない?三人ともか。ほう、向こうはずいぶんノンビリしとるんやな。向こうは米があるんかい。やっぱり日本人は米食わんと、それにみそ汁も、なあ」

肉をもってやってきた店のお母さんに幡野が、三人がいよいよアメリカに行くことを報告をした。

ジムのプロ選手はみんなこの店によくしてもらっていた。

「こいつら明日からアメリカへ行くんですわ。向こうでいよいよデビューっちゅうわけです」

「あらまあ、やだよ、そうなの、大変じゃないの、ねえ、みんな、この子たち、明日からアメリカへ行くんだって。試合をやるんだってさ」

と驚き感心し「頑張っておいでよ」と一人ひとりに声をかけた。

「身体に気をつけてな。俺もみんなが帰ってきたら練習を再開できそうだから、勝って帰ってこいよ」

と市川も言った。

市川は大分体調が戻ってきていた。すでにロードワークは開始していたし、本人はいつ練習を再開しても大丈夫だ、と思っていた。

これより前、タイソンが試合前のスパーリングパートナーを募集しているというニュースを聞いて、春日井が冗談で、

「おい市川、お前行ってみるか」と聞くと、

「ホントですか」

と嬉しそうに答えた。

「バカ、本気にしてんのか、死ににいくようなもんだ」

自分の頭のなかではすっかり世界レベルで通用すると思っているところが市川の可笑しいところだった。

それに、誰それの戦績はこうで、パンチ力は誰が一番強いとか、首周りは何センチで、そういった情報は一番詳しかった。

浅利もいつだったか市川と話しをした後で、

「市川さんは、世界クラスの選手と自分と比較しちゃってますもん、そのへんがスゴイというか何というか、よく分からないところですね」

と言ったことがあった。

ともあれ、壮行会には九月四日にプロテストを受けることになっていた滝川もきていた。

「僕も絶対受かりますから、みんな絶対勝ってくださいね」店のマスターや顔馴染みのお客さんからも声がかかる。

「しっかりな」

「KOでカッコヨク勝ってこいよっ」

大きな男たちはペコペコと頭を下げつつ「ええ、頑張ります、倒してきますから」と答えた。

帰る時になって誰かが万歳三唱で送り出そうと言い出した。

「デビュー戦の勝利と無事を祈って、バンザーィ、バンザーィ、バンザーィ」

「アメリカ人に負けるんやないぞ!っ。」

幡野が最後まで表に立って見送った。

その夜。浅利は夢を見た。デビュー戦の夢だった。

夢はゴングとともに始まった。

勢いよく飛び出して、軽くワンツーを出した後、左右のフックを出した。

二、三発目のフックが相手のアゴを見事にとらえ、ダウンを奪い、そのままKO勝ちをおさめた。

コーナーに戻ると佐藤がリングの下まできているのが見えた。「やりましたっ」と大声で言った。

佐藤が嬉しそうにウンウンとうなずいていた。

春日井を見るとうれし泣きをしていた。

それにつられて自分も泣いてしまった。

そんな短い夢だった。

翌日、成田空港へ向かう電車のなかでその話をみんなにした。

「正夢になるといいな」

「どんな相手だった。強そうだったか」

「いや、それが問題で、日本人なんだよ」

「何だそれ、それじゃラスベガスの話じゃないなハハハ」

酒井は、デビュー戦は三人のうち一番目でリングに上がりたいと思っていた。

同じ日にやるにしろ、日にちがずれたとしても、だ。

はじめは三人のうち、何番目でもいいと思っていた。

しかしまてよ、もし前の二人が勝ったら、自分も勝たなきゃというプレッシャーがかかるな、また負けてしまったとしても今度は自分だけは勝たないといけないというプレッシャーがかかってしまうじゃないか、ああイカン、これは何としても一番はじめに試合をしたい、そんなふうに考えていたのだ。

福田は、何番目でもいいと思っていた。

とにかて早く対戦相手が決まって欲しかった。

誰とやるか決まっていないせいかピンとこないところもあった。

だから出発当日も、ついにデビュー戦なんだ、という気持ちの高まりもなく冷静に迎えた。

デビュー戦の実感が湧きアガってきたのは、サンフランシスコで乗り換え、一時間半程でラスベガスの街がはるかに見下ろせるようになった時だった。

ああオレはここで試合をするんだ、飛行機の窓に顔をつけながら、福田は胸をグッと締め付けられるような感じを味わっていた。

ラスベガスは日本以上に暑かった。湿気はないのだが日中の気温は相当高くなった。

なにしろ車のボンネットで卵焼きができるほど暑くなる。

以前行ったニューヨークとは気候も、街並みもまったく違っていた。

メインの通りには大きなホテルとカジノが立ち並び、生活の臭いはなかった。

砂漠の真ん中につくられた街、ギャンブルの街、そしてボクシングのメッカでもあった。

一行が落ち着いたのはメインストリートから車で十五分ほどの静かなアパートだった。

練習先となるワールドジムが目の前にあった。

ラスベガスにはボクシングジムが七つある。

ワールドジムは全米にフランチャイズ展開している、エアロビクスとウェイトトレーニングを中心としたジムだ。

ラスベガスのワールドジムも同様で、フロアの大部分を占めているのが各種マシン、それにエアロビのスタジオだった。

ジムはフロアの奥手にある。

ワールドジムを練習先にしたのは、ここはかの名トレーナーエディ・フアッチがメンバーになっており、彼のトレーナースタッフや優秀な選手が集まっている、ということを聞いていたからだ。

はじめのうちはしかし、ジムのトレーナーや選手の一部に、日本からきた一行をもの珍しさだけで見ている者もいた。

デビューするためにきたと聞いたあるトレーナーは、

「未経験の選手をプロデビューさせるにはアメリカでは三年かける」

と言った。

そして、

「なぜそんなに早くデビューさせるのか」

と聞いてきた。

その顔には、そんなに浅い経験で大丈夫なのか、と書いであった。

まして

日本人が今まで実績のない重量級だ。

選手たちにもそんな雰囲気は分かった。

しかしスパーリングをやればヤツらもきっと分かる、オレたちだって、こっちの重量級の四回戦で勝つためにやってきたんだ、そう思っていた。

もっともそんなことは実際にスパーリングを繰り返していくうちに、まったく問題にならなくなった。

日本からきたボクサーたちが、アメリカ流に言うならわずか一年のトレーニングしか積んでいないのに、予想以上にグッド・ファイターだということがジムの連中に分かったからだ。

八月の末に、浅利が九月の二三日にロスアンゼルスで試合を組めるかも知れない、という話が持ち上がった。

それで調整に入ったのだが途中でその話は流れてしまった。

マッチメーカーが次にもってきたのは、九月の三十日に三人揃ってマッチメイクできる、

という話だった。

佐藤も電話でこの知らせを聞いたときは、三人一緒、というのは最も望ましいかたちだったので、とても喜んだ。

三十日に試合を行うと想定して八日から三週間の調整に入った。

調整メニューは以下の通り。




日本人の重量級の選手の実力を認めたワールドジムではデビュー戦に向けて、とても協力

的だった。

ジムには優秀な選手がたくさんいて、次のような選手が彼らが代わる代わるスパーリングの相手をしてくれることになった。

・クリフォード・カウザー ヘビー級六回戦戦績/七勝二敗一分(三KO)

・ジヨシイ・フェレル    ヘビー級四回戦戦績/二勝O敗

・カルロス・カルツ     ライトヘビー級十回戦戦績/二十勝二敗

・ガイ・ソネンパーグ    ヘビー級戦績/九勝十一敗
  元フロリダ州インターコンチチャンプ
  元USマリーンチャンプホリフィールド、フォアマンの元スパーリングパートナー

・レイ・マッカロイ      ミドル級十回戦戦績/十九勝三敗

・アレサー・ウィリアムス ヘビー級戦績/二五勝四敗一分 前WBCインターコンチチャンプ

一度、日本で体験調整を済ませていたため、ラスベガスでの調整もスムーズに行えた。

酒井の減量も五~六キロだったため、問題なく目標をクリアしていった。

問題は二週目に入ったときに起きた。

福田が風邪でダウンしたのだ。

実は日本を発つ直前も福田は体調を崩して練習を休んだ。

あと一ヶ月という大切な時にと周囲はひどく心配し、あいつはホントにヤル気があるんだろうかと、自己管理の悪さを嘆いた。

ラスベガスで、春日井は一日休めと言った。

それが二日目も休んだ。三日目の朝、浅利から、福田は今朝は起きていて午後の練習から参加すると言ってた、と聞かされた。

二日ぶりの練習なので午後のスパーリングのために体力を温存しておくつもりなのかな、そう春日井は思って昼間に様子を見に行った。

福田はベッドでぐっすり寝込んでいた。

スパーリングのある日は昼寝はするな、と選手には言ってあった。

起きてから頭が回転するまで二時間はかかるため身体が付いていけずに、ひどいやられ方をすることが多いからだ。

それはボクサーとして危険なことでもあった。

「おい、一体何考えてんだお前」

試合直前に風邪をひくことは感心できないが、それでもどうしても試合に賭ける気持ちがあれば自分で練習に取り組もうとするだろう。

福田にはそういう姿勢が見えなかった。布団を蹴り上げながら春日井は、まったくこれじゃマイアミの時と同じじゃないか、と思った。

そして試合前の大切なときにどういうことだ、そんな甘い考えじゃ勝てるわけがないと叱っている最中に、福田は貧血をおこし倒れてしまったのだ。

そのとき春日井はベッドの枕元に利尿剤を見つけ、思わず舌打ちした。

「こいつ、利尿剤を飲んでいたのか」。

それなら、体調不良もうなづけるし、試合させない方がいいだろう。

  日本で練習に励んでいたとき、選手たちで話していた折りに減量の話題になり、福田がほかの選手たちに

「下剤と利尿剤を使えば体重は落とせる」と言ったことがあった。

春日井はそれを聞きとがめてひどく叱ったことがあったのだ。

「体重は練習で落とし、飲み物と食べ物でバランス良く栄養分を補いながら、また練習をして落とす。
その繰り返しで減量するんだ。利尿剤なんかで水分を出して落としたら、大切なビタミンや栄養分が体内から失われて酷いコンディションになるぞ」

  福田はあのときの話しを覚えていなかったのか、それとも忠告をまるきり無視したのか。

利尿剤を飲んだ福田を見て、春日井はこれはダメだと思った。

試合以前の問題だ、と。

佐藤に電話をして、こんな状態なので試合はヤメにした方がいいのではないか、と話した。

佐藤は福田がビビッたと思った。

そしてそれはそれで仕方がないか、とも思った。

様子を聞いて、試合をヤメる方が賢明な判断かも知れない、と言った。

福田は元を詰めれば自分の意志でボクシングの道へ戻ってきたのではなかった。

一年前に再び誘われて、それじゃまたやってみようという気持ちになった。

その受け身から最後まで抜け出せていなかったのか、と佐藤は思った。

「やるだけやってみる」とは日頃から言っていたが、結局その「やるだけ」という重みがほかの選手とは違っていて、ボクシングは誰のためでもなく自分のためにやるという強い意志が、自覚が欠けていた。

福田は「自分の責任です」とそう寂しそうに春日井に言った。

春日井は福田が「試合はやらせて欲しい」と言えば何とか調整してみるつもりでいた。

だが最後まで「あと二週間死にもの狂いでやるので試合は流さないで欲しい」という言葉は聞かれなかった。

最後の最後で福田のデビューは棚上げになった。

しかし残された二人にとって福田のことをとやかく一言っている暇はなかった。

一日五時間の練習を順調に消化する毎日が続いた。

特にスパーリングの相手に恵まれたことが何よりのプラスになった。

ヘビー級の十回戦クラスの選手にはグローブハンデをもらい、かなり手加減してもらっていたが、浅利はミドル級十回戦のレイ・マッカロイのスピードにも付いていけるようになり、スパーを終えた後、ジムの中から思わず拍手がおこったほどの仕上がりを見せていた。

チーフトレーナーのティムは二人について、

「サカイはホントにいいボクサーだ。パンチも早い、まだ若いので将来はもっと伸びていくだろう」

「カズは教えられたことをドンドン吸収している。体調も良さそうだし、今すぐでも試合ができるんじゃないか。デビュー戦はきっと大丈夫だよ」

と言った。

九月三十日の試合が正式に決定したとマッチメーカーから報告があった。

会場はアラジン・ホテル。

八千人収容の劇場内に特設リングをつくって行われる。

今やボクシングのメッカになったラスベガスで試合をすることはアメリカの多くの選手にとって憧れとなっている。

そこで日本の無名に等しい選手がデビュー戦を行えることは、とても幸運なことだった。

二八日、アラジンホテルにて調印式。

ホテルのステーキハウスを借りきっての大がかりなセレモニーだった。

日本からきた重量級のボクサーは司会者から、挨拶を求められた。

浅利は突然の指名にも臆することなく英語でスピーチをした。

こういった動じないところが浅利の良さであり、それはボクシングの上でも強味になるはずだった。

二九日、アラジンホテルにて計量。酒井は一八八ポンド、リミットを二ポンド下回ってクリア。

浅利も一七四ポンド、リミットを一ポンド下回ってクリアした。

二人はここでデビュー戦の相手と初めて対面した。

酒井の相手はテリー・ロペス、戦績はO勝二敗。

デビュー戦の相手としては妥当な戦績だった。

ロペスは一七〇センチを少し超えたくらいの身長で豆タンクのような身体つきをしていた。

浅利の相手はフィリップ・ロチャ・パラ、戦績は三勝二敗。

戦績だけみるとデビュー相手としては向こうのキャリアが気にかかった。

計量が行われた特設会場前のフロアで二人はじっとそれぞれの対戦相手を見つめていた。

試合を直前に控えたボクサーは緊張感と戦闘意欲が高まり、はたから見ると怖いような雰囲気を漂わすことが多いが、二人にはそうしたピリピリした言動はなかった。

「あいつか、オレの相手は。三勝二敗?大丈夫だろ、たいしたことないよ」浅利が自分に言い聞かせるようにいった。

「オレの相手、身体を絞っていないんじゃないスかね、ナメとるんかな。早くウナギを食べに行きましょうよ」と酒井も言った。

ここ三週間の減量から解放される計量の後は、ウナギをご馳走してもらえることになっていた。

日本料理屋で食ベた鰻重と牡蛎鍋は、久しぶりの食事らしい食事だったので、じつにうまかった。

「何か、オレたちあんまり緊張感がないな。明日になれば気持ちが盛り上がってくるのかな」料理をパクつきながら浅利が冗談めかして言った。

「そう?俺は十分緊張してますよ、結構胸がキツイ感じがしますもん」

「そのわりにはさっきからよく食べてるじゃないかよ」

「大丈夫、あれなら大丈夫、二人とも勝てる、いいかいつも言ってるようにオレが一番強い、そう思うんだぞ」春日井が声をかけた。

試合開始は明日、午後七時半。